バイバイ、ブラックバードは太宰治(※1)の未完作であるグッド・バイを元に書かれた短編集である。

作品の終末が明確な「死」を暗示させる一方で、同様に「死」をテーマとして扱った「死神の精度」のような軽快さは健在である。
「死神の精度」「グラスホッパー」が楽しめた方なら、楽しめる作品であると思う。

主人公である星野一彦は多額の借金を背負い、慮外の内にどこかの大物を激憤(※2)させた事で、エスポワールの別室送りにされる前に5人の恋人に別れを告げるために1人と1匹の旅に出る。

あらすじにすると荒唐無稽だが、大体の物語は簡略化すると荒唐無稽になる。
桃太郎なんて桃から人間が生まれる前提なんだから、それと比較するとかなり筋が通っていると言えなくもない。

もちろん、話には順序があり、昔話が定型的に「昔々あるところに~」から始まる事で読者に状況を納得させるのと同様の処置がある・・・と思っていたらわりと唐突に5股かけている事を告白しているが、2股かと思わせておいて実は5股だとするあたり、フット・イン・ザ・ドア・テクニック的手法なのであろう。
あるいは旅の構成員の1匹の方であるところの繭美の超人的描写のせいで、5股と言う本来なら看過すべきでない事態が霞んでしまうのかも知れない。

そもそも星野一彦自身に5股をかけていると言う意味の自覚があるかは、実に疑わしい。
一応、罪悪感らしきものを感じている描写はあるものの、煩悶・懊悩して苦しむと言うところからは程遠いのだ。
彼は、気がついたら好きになっていて、単にそれを5回繰り返しただけだと言って憚らない。
それはまるで子供の好意の持ち方で、悪意もないが、同時に配慮も遠慮もない。
が、子供のそれであるがゆえに、俺は星野一彦を悪人だと思えないのではないかのと思う。
子供の好意は、利己的であるが純粋であると、今はまだ信じているからだ。

作中の彼は、自分の破滅が目前に迫っているにも関わらず、もしくはそうであるが故に酷く優しい。
しかし、彼の行動は根本的に常に利己的であり(5人に別れを告げたいと願うのも、恋人が抱える問題を解決したいと願うのも全ては彼の欲求に根ざしている)常に無力である。
経済的にも、問題解決能力的にも彼はほとんど無力であり、その面で彼は「のび太」であると言って差し支えない。
ドラえもんにおけるのび太が非モテである事を考慮し、そのコミュニケーション能力と容姿を評価して、ロングソード+1のように、のび太+1と表記して良い。

例えばロングソード+1が別のゲームでは、「鋼の剣」と呼ばれたり「ミスリルソード」と呼称されたり「ツィーゲ・ライフル」と命名されたり「ヴェルマンウェ」と恐れられたりするのと同様に、本作中の彼は星野一彦と呼ばれるが、実際的にはのび太そのものであり、そこから逸脱する事はない。
問題解決の手段は対となるドラえもんたる繭美がそのほとんどを立案、実行する。

ほとんどの「のび太」が無力・無責任・無計画でありながら、非常に利己的であり、それでも「のび太」を憎めないのと同様に、また星野一彦も憎まれる事のない存在であるのだと俺は思う。

バイバイ・ブラックバードは6つの短編からなり、そのほとんどが結末を明示しない。
俺は、物語のは、その物語で完結するべきであると考えるので、本来なら読者が結末を推測するしかない話は好きではない。
超・ロングセラーを誇り、成人においてもコアなファンを擁する駄菓子の「ねるねるねるね」だって

「ねるねるねるねは、練れば練るほど色が変わって・・・美味い!テーレテレー!」

で完結するからCMとして成立するのであって

「ねるねるねるねは、練れば練るほど」

で終わっていては何がなんだか分からないではないか。

だが、それは逆に6つ目の短編の結末を明示するための伏線だと俺は考える。
伊坂幸太郎は作中に現れる繰り返し現れるアイテム、またはモチーフや台詞を実に巧みに、効果的に扱う。
今回の数字占いや、繭美の辞書、「10回までだからな」がそれだ。
決してワムウの「影を踏まれると反射的に攻撃してしまう」と言う設定や「天国へ行く方法」(※3)のように使い捨てにされたりはしない。

だから、のび太がドラえもんの力を借りながらも最終的には問題を解決に導くように、多くの童話が「めでたし、めでたし」で締めくくられるように、バイバイ・ブラックバードもその名が示す通りに完結すると、俺は考えるのだ。

※1
太宰治と言えば激怒して始まり、赤面して終わる「走れメロス」しか読んだ事がないなと思い、しかし太宰治ほどの文豪の作品を1作しか読んでいないなどと言う事が果たしてありえるだろうかと思い直し、作品一覧を見たら本当に「走れメロス」しか読んだ事が無かった。
仕方がないので未完ではあるが、本書の元となった「グッド・バイ」は読了しておいた。

※2
「激憤」をGoogleで検索すると、検索結果の2番に《激憤明神/Myojin of Infinite Rage(CHK)》が3番に《禍御鳴の激憤/Ire of Kaminari(BOK)》が登場する。
MTGファンとしては喜ぶべきところだろう。

※3
「天国へ行く方法」はジョジョの奇妙な冒険トレーディングカードゲーム第8弾に同名のカードとしてその意味を結実させた。

カードの効果は
「味方に《緑色の赤ちゃん》がいる時、このカードを相手に見せ、自分は何も見ないように目を閉じて次の言葉を言う。「らせん階段、カブト虫、廃墟の街、イチジクのタルト、カブト虫、ドロローサへの道、カブト虫、特異点、ジョット、エンジェル、アジサイ、カブト虫、特異点、秘密の皇帝」。間違えずに言えた場合、「自分手札にある/自分手元にオープンされている」《C-MOON》1枚を、味方の『プッチ』1人に付ける。」

MTG風に言うと
「《ラノワールのエルフ/Llanowar Elves(M10)》をコントロールしている時に、このカードを見せ上記の言葉を間違えずに言う。言えた場合《素拳の岩守/Iwamori of the Open Fist(BOK)》に《屋根の上の嵐/Rooftop Storm(ISD)》をエンチャントする」
程度の能力である。
複数の条件をクリアして、こんな長台詞を言わされた挙句に、それでもまだゲームに勝利しないと言うのは驚きですらある。
因みに俺はジョジョの奇妙な冒険トレーディングカードゲームには詳しくなく、上記の説明が的外れなものだったとしても責任を負う事はしないのであしからず。

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bun

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